音のVR:ステレオフォニックを振り返る




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Oculus Riftをはじめ各社がVR HMDをリリースし、ゲームメーカーはもちろん、ジョージルーカスのILMもVR専門のラボを立ち上げたり、映像業界も全天球映像の収録システムの開発やコンテンツの開発を始めていて、完全に普及期に入りはじめたVR。最近仕事でもVRについてアレコレ考える機会が増えてきてるわけですけど、VR普及期のコンテンツについて考えるにあたって、過去の歴史の中でコモディティ化したVRに一番近いものって何だろうと考えるとステレオフォニックなんじゃないかと思うんですよね。というわけで今回は今改めて聴いておきたいステレオ黎明期のコンテンツをいくつかご紹介します。ぜひステレオヘッドフォンをご用意ください!


1958年に始めてステレオレコードが発売され、60年代に入り一般家庭にステレオ再生装置が普及し始めると、ステレオの特性を楽しむための様々な実験的なレコードがリリースされました。いわゆる「テスト・レコード」といわれるやつで、ステレオを購入した人がステレオってすげえ!と手っ取り早く感じてもらうためのレコードです。


1963年にオーディオフィデリティーレコードからリリースされた"Stereo Spectacular Demonstration & Sound Effect"。(冒頭の"New stereophonic sound spectacular"っていうフレーズは小西康晴が繰り返し使っているあのフレーズの元ネタです。)ステレオ収録音源や、周波数別テストトーン、ステレオを利用したスキットやテレプレゼンスっぽいものなどをナレーションで繋ぎながらセンス良く散りばめられています。


RCAビクターのテスト・レコード "SOUND IN SPACE"。様々なステレオ音源が収められています。リリースは1958年。1957年のスプートニック・ショックで口火を切った宇宙開発競争時代の幕開けを象徴するように、ロケットの打ち上げ音からはじます。


Juan García Esquivelによる1960年のアルバム「See it in sound」より。Ary Barrosoの「ブラジルの水彩画」のカバー。バーやライブハウスを移動するのだけど、どの部屋にいってもが演奏されているという「イッツアスモールワールド」構造の非常に面白い音源です。この発想をリップシンクに適応したのが少し前に話題になったBob DylanのInteractive PVですね。


ステレオが登場した当時、いち早くステレオシステムを導入した人たちがこぞって、こうした「ドヤ感のあるステレオ音源」をこぞって聴いていたと思うと面白いですよね。1960年代、ステレオにお金をかけるのは独身貴族のいい趣味とされていて、Esquivelのような変り種音源がSpace age popとかBachelor Pad Musicと呼ばれ一定の人気があったそうです。

個人的に、もしかするとVR普及期の今も同じような状況なのかも、と思うんですよね。ステレオフォニックは「人間の耳は二つあるのだから、左右の耳に対して二つの音源を用意すればより立体感のある音響体験が提供できるよね」というコンセプトだったわけで、一方でHMDはものすごく乱暴に単純化して考えるとステレオの目バージョンで、「人間の目は二つあるのだから左右に映像を用意すれば立体感のある体験が提供できるよね」というコンセプトだといえます。

そう考えると、テストレコード同様、ジェットコースターやテレプレゼンスといった、ステレオ立体視やヘッドトラッキングによる没入感のある体験がてっとりばやく体験できるようなコンテンツがまずはVRにおいても人気になり、その後、ステレオ音楽が立体音響的なアプローチではなく現代的なステレオミックスに落ち着いていったように、「ちょうどいい使われ方」が開発されていって、いつかヘッドフォンを使うのが当たり前のようにみんながHMDを使うような未来がやってくる。そして、今回ご紹介したような音源が90年代にモンドミュージックという呼び名で好事家の間で再評価されたりしたように、数十年後くらいに今のVRコンテンツが好事家の間で人気になったりする...w

当時VRという名前はなかったものの、情報をステレオ化することによって没入感を作り出すという実験がすでに音の世界ではたくさん行われてきているわけですから、今後のVRコンテンツの開発においてもこの知見を使わない手はないですよね。人間の世界の認知の仕方を考えれば、映像だけではなく、より高い没入感をもたらすために音の演出が大事なのは明らかですし。

※過去に立体音響という視点で書いた記事でもいくつか音源を紹介してますので興味あればこちらもご覧ください。
続・立体音響の世界
立体音響の世界


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