続・立体音響の世界




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以前、立体音響の世界という記事で、バイノーラル録音やホロフォニクスについて紹介した。この時期はまだYouTubeが正式にステレオに対応していなくて、立体音響のリソースを集めるには裏技的にアップされた動画を掘るか、あるいはニコニコで探すしかなかったんだよね。でも、今ではYouTubeもステレオに対応して立体音響系の音源がいろいろあがってきてる。というわけでこのへんで、あらためて立体音響周辺をまとめてみた。
※今回の記事で紹介している映像は必ずヘッドフォンを装着して見てください。


■立体音響のしくみ

まずはざっと立体音響についてのおさらい。なぜヘッドフォンで聴くと立体的に聞こえるのか。

例えば寝ている時、蚊が飛んでいると、頭の上のどの辺りを飛んでいるか分かるのは何故だろう。耳は二つしか無いのに、どうして自分のすぐ側に蚊がいることがわかるのだろうか。

これを説明する時、実は人間は音源(例えば蚊の羽根)の音を直接聴いているわけでは無い、という事がとても大切になってくる。つまり、音源から発せられて、人間の鼓膜に到達するまでに、音は人間の頭部や外耳によって音は歪まされているという事。音が到来する方向によってこの歪み方が異なり、人間その違いによって音が到来する方向を脳内で判断しているというわけだ。(ちなみに、この頭部や外耳による音の歪み方を数値化したものをHRTF(頭部伝達関数)と呼ぶ。)

Binaural(バイノーラル)とHolophonics(ホロフォニクス)という立体音響技術がある。(Holophonicsは、Pink Floyedが採用した立体音響技術として一部では有名かもしれない)BinauralとHolophonicsは録音方法自体は似ていて、まず上記の HRTFを再現するために、ダミーヘッドの耳の部分にマイクを埋め込み、録音する...こうすることによって普通のステレオマイクで音を拾うよりも、頭部や外耳による音の歪みをシミュレートしている分、より人間が音を聴いている状態に近くなるため、その音をヘッドフォンで聴いた時に、とてつもない臨場感が味わえる。-立体音響の世界 - SLN:blog*

※ホロフォニクスについてその後いろいろ調べていくと、実はこの技術はHRTFによって音の立体感を出しているのではないらしいことがわかってきたのだけど、とりあえずここでは割愛。

音楽CDみたいにラインや録音用マイクで録音された音源というのは上記のようなHRTF情報を含まない点において、いわゆる立体音響とは根本的異なる。音を点として収録して、ミックス時に点の場所を調整してる感じ。今回は、そうした「音を点で収録する」のではなく「立体的に収録」するという点に特化したものを紹介していく。具体的にはバイノーラル、ホロフォニクスと呼ばれる立体音響の技術や、ポスト・ホロフォニクスと思しき技術、その他応用編を実際の音源をとりあげつつ紹介していくよ。


■バイノーラル

以下は一般的ないわゆるバイノーラル録音の音源。普通のステレオ録音に比べてずっと臨場感があることが分かる。


最近公開されたAxeのバイラル映像がバイノーラルを使っているらしい。この映像の他にもこれこれがある。


■ホロフォニクス

音のホログラフ。ヒューゴ・ズッカレリというアルゼンチンの神経生理学者が開発。耳そのものが音を出している「リファレンストーン」というものを利用するという謎の原理(この記事がだいぶ詳しく掘り下げてます)は長年謎につつまれたまま。とりあえず以下の動画をヘッドフォンで聴いてみてもらいたいんだけど、バイノーラルと比べ物にならないほど臨場感があって、紙の後ろにドライヤーをあてられるものなんかは、後頭部が風を感じるくらいリアル!バイノーラルは前方180度ぐらいまでの定位はある程度できてるんだけど、ホロフォニクスの場合、上下と後ろの定位までばっちり再現できてる感じがする。


ヒューゴ・ズッカレリ本人録音による幻の音源集『Aldebaran』から。2:15あたりからのドライヤーの臨場感が本当にすごい。


これはYouTubeのズッカレリ本人のチャンネルにあがっていたデモ映像。


比較的有名な音源。このころはホロフォニクスではなくセラーニと呼ばれていたっぽい。背景の様々な方向の音に耳を澄ますことができるのに注目。

ズッカレリに関しては、しばらく情報がほとんどでてこなかったんだけど、最近になっていくつか情報がひっかかるようになってきた。YouTubeに本人のアカウントも発見。最近では音源から相当はなれても音の大きさが変わらない不思議なスピーカーとか開発してるみたい。ちなみに、日本でのホロフォニクス関連情報については 23.tvというサイトがすごい情報量で、よくまとまっていたんだけどドメイン失効してしまったみたいで行方不明...残念。


■ポスト・ホロフォニクス

ポスト・ホロフォニクスとも言えそうな、気になる謎の技術をいくつか発見したので紹介。どれも日本人の方が開発しているDSPベースのシステムらしいけど、ホロフォニクス同様結構謎が多くてかなり気になる・・・!


otophonicという、Holophonicsと同じレファレンストーンの原理に注目した技術らしい。DSP処理で後から立体感をあたえているらしい。上記の映像とは別の音源がいくつかDEMOページにまとまってる。


Holoacousticという謎の技術、ズッカレリの有名なマッチをすごい精度で再現。音に映像だけあてはめたんじゃなくて、ちゃんと実際に録音したものらしい。


HVA(Holoacaustical Virtual Array)という、上記のHoloacousticの応用技術っぽい。ノイズの定位を自由自在にいじっているデモ映像。これはすごい!

ニコニコ動画で立体音響関連を探ってみると、色々実験を行っている人たちがいるのでチェックしてみると面白い。「立体音響」とかで検索すると、ひっかかるのは市販の疑似3Dのエフェクトをかけたようなものが多いんだけど、たまにスゴい音源がころがってたりするので、根気よく探すと見つかる。


■応用例

バイノーラルに近いアプローチを利用した面白い試みを紹介。頭にコンタクトマイクを装着し、自分の生の身体のHRTFを利用し、バイノーラル録音をする。この映像が面白いのは、このバイノーラルマイクを装着した人がライブ会場で移動することによって、自分自身がミキサーになっているということ。通常のミックスとはまた違う臨場感が味わえる面白い試みだと思う。

これに近いアプローチを、キング・オブ・(スペースエイジ)ポップことJuan Garcia Esquivelの『Brazil』という曲で試みられている。バーを次から次へ歩きまわる中で、場所が変わるごとに曲も展開していくというストーリーがあるもの。立体音響のアプローチはいわゆるスペースエイジと呼ばれるような未来派志向のモンド音楽が通った道でもある。YouTubeにもステレオで音源があがっていたのではりつけておこう。


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昔とある仕事でダミーヘッドでバイノーラル録音したことがあって、よくラジオ番組をつくっているスタジオで録音したんだけど、エンジニアの方が結構高齢の方で、テープエディットの話とかいろいろ教えてくれてすごく面白かったなあ。その時昔FM放送が始まった当時の話になって、「当時はステレオっていうだけでセンセーショナルで、立体音響はみんなすぐに食いついていろいろ実験してたもんだよ」とおっしゃっていたのをよく覚えてる。僕が立体音響にロマンを感じるのは、こうした「忘れ去られた過去」って感じがあるからかもしれない。

でも、そういう感慨とは別に、結構大真面目に立体音響が再検討すべき技術だと考えていて、それは「テレ・プレゼンス」の考え方がリアルになってきたからだと考えている。

その昔、バーチャルリアリティーなんかと近しい領域で、「テレ・プレゼンス」という議論があったんですよ。つまり仮想的に違う場所にいるかのような感覚(いま・ここの感覚)を得るということなんだけど、例えばダダ漏れしてる人たちがバイノーラルマイクとカメラを装着してustreamでステレオ配信したら、まさにテレ・プレゼンスの世界。

ここ数年、映像にしても音にしても「解像度~鮮明さ」という概念とは別に「臨場感=プレゼンス」という奥行きがあると思っていて、最近はそっちのほうが重要になってきてる気がするんです。例えばデジタルカメラなんかもそうで、解像度はどんどん高くなってるけど、それはそれで大事なんだけど、カメラって受光センサのスペックだったりレンズの良さみたいなとこで、キャプチャーできる「プレゼンス」が全然かわってくる。トイデジみたいのがはやっているのもそうで、あれは解像度は低いけれども、どれだけ解像度が高くなってもピクセルとピクセルの網目から抜け落ちてしまう「プレゼンス」をつかまえるための、エモーショナルなアプローチなのだと思う。


以下おまけでホロフォニクスによる録音が収録されている音源をいくつか。

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