最近vaporwaveと呼ばれるような音楽がちょっと面白いなと思っていて。最近は音の制作環境がデジタルに移行していく中で、デジタル処理した音がそのまま出音になるというのが多い気がする。例えばクリックテクノとか、Corneliusの音とかを聴くと、非常にデジタル的というか、音が鳴っていない部分は完全に音の情報がゼロになってて、音と音の隙間を聴かせる、そんなスタイルをよく耳にするようになった。音一つ一つがハイファイに研ぎすまされていく中で、その揺り戻しとしてvaporwaveみたいなアナログな揺らぎやノイズがある種のスタイルとなっているのが面白いと思っている。
さらに、その音に呼応するようにMVの表現でもLDっぽい画質の映像ソース(Robert Abelのサンプリングが鉄板っぽい)がつかわれていたり、VHS的なノイズがサンプリングされていたりしていて、独特のノスタルジックな雰囲気を出している。(この独特の感じについてはLaserdisc Visionsというvaporwaveアーティストについて書かれたこの記事がものすごく的確に描いているように感じた)
考えてみると、これって1980年代にいわゆるオルタナティブロックと呼ばれるシーンでキーワードとなっていたLo-Fiという考え方の2010年代版って感じがする。
1980年代に入って録音技術が格段の進歩を遂げるにつれ、メジャーシーンのダンスミュージック、ニューウェーブロック、ヘヴィメタルなどには、エコーやエフェクトのかかり、またオーバーダブが顕著な、極端なHi-Fiサウンドが主流となる。それまでのポピュラー音楽は「現場の音をいかに正確に録音・パッケージングすることができるか」ということに焦点が当てられてきたものの、技術はそれを飛び越え、むしろ「実際にはアンプやスピーカーからそのような音は鳴らないが、いかにそれを越えたキャッチーな録音ができるか」ということに重点が置かれていく。 アメリカを中心としたアンダーグラウンドシーンやインディー・ロックの一部のミュージシャン達は、これらの現実感のないサウンドによる豪華主義・商業主義への反発を志向し、その流れの中でLo-Fiサウンドは見直されていくことになる。 - http://ja.wikipedia.org/wiki/Lo-Fi
ただ、vaporwaveにおけるローファイ感というのはオルタナティブロックの指向していたローファイ感とはちょっと違っていて、そこでシミュレートされているノイズ感っていうのが、テープとかVHSの揺らぎっぽい「あの感じ」が意図的に指向されてる。昔テープって昔再生するとトルクの弱さで若干出だしがフニャッと歪んだり、テープによってはサーッていうヒスノイズがのっかってきたり、テープに録音すると音が若干もこっとしたり、ダビングを繰り返したりのびたVHSテープを再生するとでてくるノイズとか、そういうある世代が共有している「あ〜あの感じだあ」っていう非言語の「感じ」がうまくサンプリング/シミュレートされてる。(かつての未来にたいする幻想みたいな、レトロフューチャー感というのともちょっと違うんだよね...)
こういうvaporwave的な表現が出てくるのを見ると、テープっぽい音だとか、電波状況が悪いラジオのノイズまみれの音。画像でいえばFAXで送った画像の独特の二階調化や、プリンタのフィーダーのエラーによる画像の不自然な伸縮、フィルムの粒子感や光漏れ、フレアなどなど...各時代においてその時代の(技術的な)特性によって生まれるノイズというものがあって、そのノイズをシミュレートすることで、その当時の記憶を呼び覚ます鍵を仕込むことができるんじゃないか?っていう可能性を感じる。
そしてそれは、以前GIF BOOKの中で「あたらしい現像のかたちとしてのGIF」というコラムで書かせてもらったことともつながってくるんじゃないかなと思ってる。
GIFは技術的な仕様により、色数は256色に限定されることから、減色を施しても画像の精彩さを損なわないような色調整が必要とされる。この「GIF化を想定としたレタッチ」によって従来の印刷を想定したレタッチとは異なる風合いを生み出している。さらに、最終的にGIFに書き出す際のディザリング処理によって、荒目の上質紙に印刷したような、ザラザラとした独特の質感が生まれる。cinemagraphから見えてくるのは、デジタル写真時代における、「新しい現像」のかたちだ。 〜中略〜 もしかしたら近いうちに、フォトグラファーが求めるトーンによってフィルムの種類を変えるように、つやっとしたものや階調豊かな絵を現像するならJPG、少しザラッとした荒い質感や、コマ数によって質感や雰囲気を伝えたい時にはGIFというように、求めるものによって現像するファイルフォーマットを選ぶようになるかもしれない。 - GIF BOOK 「あたらしい現像のかたちとしてのGIF」
そもそもトレンドのグリッチ表現にしても、ノイズを排除していったはずのデジタル処理の中に、半ば意図的にノイズを仕込んでいくというアプローチも興味深い。こうしたグリッチのノイズというのはあと数十年経ったりすると、この時期を思い出す鍵になったりするのかもしれない。あ〜これ、10年代っぽいよね〜みたいな。
■Glitch
■Datamoshing
※こうした作例はvimeoのNoise Artifacts Groupにいろいろ集まってて面白いです。
このようなglitch~datamoshingの技法を採用するucnvさんというアーティストの方がいて、以前rubykaigi2というカンファレンスでいろいろなファイルフォーマット別のglitchのお作法についての話していてとても勉強になる。
※また、こうしたglitch表現は音〜画像〜映像にとどまらずファッションやテキスタイル 、インテリアといった領域にも転用されつつある現象も補足しておきたい。
なんだかまとまりなく勢いだけで書いてしまったけれども、よくよく考えてみると、ここで書いた考え方というのは、今やみんながつかっているInstagramもやってるのも本質的には同じことですよね。昔のフィルムがもっていたノイズや発色を標本化してシミュレートすることで、レトロな「感じ」を出そうとしてる。あと50年くらいするとinstagram的な感覚でglitchやdatamoshingといった2010年代的なノイズをしミュレートするような、今でいうとglicheのようなアプリ(面白い!オススメです)が懐古的に使われたり新しい写真コミュニティを生み出したりしそう。
ところで、十数年前とある伝説的なクリエイティブディレクターの下で仕事をしたことがあるという人から面白い話を聞いた。とあるシューズのグラフィックをどうつくっていくかという会議だったらしいんだけど、クリエイティブディレクターが突然「この商品の良さを伝えるには写真じゃだめだ」「おまえら、このシューズをコピー機でコピーしろ」っていい始めたらしい。デザイナーとかバイトがひたすら靴をあらゆるアングルでコピーしてそれを壁に張り出していって、いい感じに「これはリッチだ」「これは狙いすぎてる」とか的確な言葉でものすごい勢いで絵を絞り込んでいったらしい。スゴいよね。ノイズのサンプリング/シミュレーションによって、それを見た人に何かを呼び起こそうというアプローチは決してデジタルならではのアプローチではないよい例だと思う。
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